おしらせ


// 以下のランキングサイトに参加中 // 
応援クリックをお願いします! →  → みんなの英会話奮闘記 人気ブログランキングへ にほんブログ村 英会話ブログ☆

「守ってあげたい」のバリエーション

「守ってあげたい」 のバリエーションを考えてみました。

忘れたくないので・・・「メモってあげたい」

美しいメロディーなので・・・「ハモってあげたい」

炎天下で暑そうなので・・・「曇ってあげたい」

行動は伴ってないけど、本当はいい人なのだと・・・「思ってあげたい」

暗い場所で電気もつけずに作業に集中している人を見て、照明器具が、ボク、・・・「灯ってあげたい」

地方で地元民の仲間になるために言葉使いを・・・「なまってあげたい」

幼稚園児が砂場に作った落とし穴に・・・「はまってあげたい」

・・・今日はこれぐらいにしておきます。

ちくわの食べ方

スーパーでちくわが安いと、思わず買ってしまいます。安いときは5本入りで79円ぐらいですが、よく考えると、同じものが普段100円だったとしても、節約できるのは21円です。

1,000円稼ぐことよりも、50円節約することの方が楽しく感じるような性格は、やはり直すべきなのでしょうか?

それはさておき、ちくわって、大体みんなどうやって食べているのでしょうか。

子どもの頃は、親にならってわさび醤油で食べていましたが、あまりおいしいとは思いませんでした。

今は、食べ方がほぼ決まっています。

用意するのは、長さ12センチぐらいの袋入りの安いちくわと、マヨネーズと、チューブ入りのおろし生姜です。

ちくわを袋から出したら、まず、おろし生姜のチューブを押して小指の爪ぐらいの量を出し、箸の先でつまみ取って、ちくわの片方の端に載せます。

そして今度は、生姜を載せた側の端からちくわの中央ぐらいまで、マヨネーズを絞り出します。マヨネーズの絞り口は、もちろん、昔ながらの星形断面ではなく、赤いキャップの先の直径1ミリぐらいの絞り口です。それで、ちくわの半分の長さを1~2往復分ぐらい絞り出します。

これで準備完了。あとは生姜とマヨネーズを載せたちくわを、端から半分の長さまでパクッと食べます。

残った半分のちくわは、捨てます。・・・というのはウソで、もちろん同じようにして食べます。捨てたら、21円の節約が吹き飛んでしまいますよね!

私はこれをご飯のおかずにしていますが、お酒を飲む人は、おつまみにもなるのではないでしょうか。

マヨネーズと生姜の量は、好みに合わせて調節してみてください。




死刑の是非を語る


以下、動画で言っていることを訳してみます。聞き取り違いや解釈の間違いのせいで、おかしな部分があるかもしれませんので、気づいたことがあれば、コメントください。また、そうではない素朴な疑問も、遠慮なくコメントしてください。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
ジョージア州の刑務所の死刑執行室(prison's death chamber)で体を縛りつけられて(strapped down)、トロイ・デービスさんは、22年前に警察官を殺してはいないと主張し続けました。彼は、この罪状で死刑判決を受けたのです。最後に再び無罪だと主張した直後に、彼は処刑されました。

私はかつて、無条件に(unquestioningly)、死刑は絶対にあってはならないと信じていました。人として、誰が死に、誰が生きるかを決める権利は、私たちにはないと考えていました。無罪を主張し続ける人が有罪であると、どうやって確信を持てるのでしょうか?仮に罪を認めていても、誤ることの多い(fallible)人間に、他人に対して取り返しのつかない(irrevocable)決定を下す自由を与えることなど、どうしてできるでしょう?


それでも、年齢を重ね、狂った世の中を見続けていると、正直なところ、中には生き続けるべきではない人もいると思ってしまうことがあります。彼らは、脳の構造からして、社会に対する脅威であり、非常に危険で、負の力にしかなり得ないかのようです。自分の大切な人が、誰かから故意に容赦なく(without remorse)傷つけられたとしたら、自分の理想主義的な倫理観を問い直さなければならなくなるかもしれません。

死刑については、私自身、何年も考え続けてきました。私は、死刑が社会に関して発しているメッセージについて考えると同時に、死刑の問題は、人は子供の頃はリベラルだけど年を取るにつれて世の中の醜さに嫌気が差して保守的になるという説(edit)が本当かどうかを考える目安(benchmark)になるかもしれないと考えてきました。

でも、私が本当に言いたいのは、誰がどう言おうと(Screw that!)、私は社会や頭のおかしい連中のせいで無気力にさせられ(jade)て、誰か一人がほかの人の生死を決定してもいいと思うようにはならない・・・ということです。頭のおかしい人は、鉄格子の後ろか、壁にクッションの付いた部屋に入れて、他人に危害を与えないようにすればいいのです。心の中で、許すことの正義を模索し、自分自身の心の宿題に取り組みましょう。そして、今のこの世の中で、最善の倫理的な責任ある人間として生きることを目指しましょう。それ以上に誇らしいことは、他には考えられません。

年を取ると、理想主義でいることがだんだん難しくなります。毎日、基本的な倫理に忠実に生き、無関心にならずに若い気持ちを保つために必要なことを実行していくのは、大変なことです。でも私は、弱虫(wimp)ではありません。あえて困難な道を進んでいく覚悟をしています。そして、死刑は絶対にいけないのだと信じ続けていきます。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
ジョージア州で死刑と言えば、別の人が2008年5月にYouTubeにアップした動画のレポートをシリーズで紹介したことがありました(→ 「死刑制度について」「死刑執行の予定日」「死刑執行当日のスケジュール」「検察官にインタビュー」)。



プロフィール

Author:Applecheese
外国人英語講師との会話、テレビ・映画・音楽・ネット、翻訳の仕事などで見つけた面白い英語の情報をお届けします。
Twitter

カテゴリー

最近の記事

タグ

ブログ内検索