以下は、5月2日に、絵画としては史上最高額で落札されたムンクの「叫び」に関するニュース動画です。
冒頭、「このよく見る顔が、1億1990万ドルをつかみとりました。これは、オークションで売られた美術品としては最高の値段です」と言っています。「1億1990万ドル」のところは、119.9 million dollars です。私は普段、100 million を1億と換算するのにも時間がかかるので、million の前に小数点を含む数字が出てきて、思わず思考停止状態になってしまいました・・・。
以下、少し飛ばして途中から、詳しく見ていきます。
[1:05~] "It's a subject of thousands of cartoons, ****, knock-offs." の **** がよく聞き取れません。何と言っているのでしょうか?(ティースィーズ・・・のような感じに聞こえますが)。knock-off は、「安物のコピー商品」です。
[1:10~] 「パステル画バージョンは、1893~1910年の間にムンクが描いた4つのバージョンのうちの1つで、本人の母国であるノルウェーで美術館に展示されていない唯一のものです。所有者の父親はムンクの友人で支援者(patron)でもあり、オークションの収益の一部を、ノルウェーに美術館とアートセンターを建設するのに使うと言っています」
[1:30~] 「『叫び』のような美術作品の値段が高騰する中で、一部の専門家は、こうした美術作品が、ここニューヨークのメトロポリタン美術館のような老舗の美術館にとっても、手が届かなくなりつつあると考えています。優れた美術作品が、一部の人しか見られなくなるのではないかと懸念する人もいます」
「アメリカには、ヘッジファンドの関係者でおそらく3~4人ほど、この作品を購入できる資金があり、欲しいと思うであろう人がいます。また、半ダースほどのロシアの億万長者が、高額作品なら何でもいいから買おうとしています。それにもちろん、おっしゃるように、中国の億万長者、インドの億万長者、中東の億万長者など、トータルすれば20人ぐらいがいます」
[2:08~2:16] 「『叫び』のこのバージョンは、今のところ、一般公開される個人コレクションには含まれていないことから、今後は大金持ちだけしか見られなくなる可能性があります」 - (この部分では、will なのか won't なのか、はっきりと聞き取れないところがあり、少し自信がありません。全体的な話の脈絡から判断すると、こういうことだと思うのですが・・・)。
「ムンクはこの作品を描いたときに、額に、『自然が私の血の中で叫んでいた』と書きました。こうした感情は、彼のすぐれた作品を見た何百万人も人々の心に響きました。しかし、このバージョンを今後も何百万人もの人々が見られるかどうかは、分かりません」
以下では、ニューヨークの街頭で、いろんな人に、今は「第二次大恐慌」(the second great depression)だと思うか・・・と質問しています。
ニューヨーカーは早口な人が多いと聞きますが、この中の何人かは、確かに早口だと思います。繰り返し聞き取ろうとしていますが、自信の持てない部分がいくつかあります。
最初にインタビューされている人は、最後に but I wouldn't say that these all is the Great Depression. と言っているように聞こえますが、these all で合っているでしょうか?
2人目は、「大恐慌以降では最悪の状態ですよ。おそらく第二次大恐慌です。将来、第二の大恐慌と呼ばれるでしょう。」 - 「なぜ今そう呼ばれていないのですか?」 - 「さあね。大恐慌が起きていた時、人々はそれを大恐慌と呼んでいましたか?」 - 「たしかに」
3番目の人が、私は一番聞き取りにくいです。次のように聞こえるのですが・・・。Yeah, they don't want to use the word, the big d-word, depression, because everybody is afraid that once depressions happens everybody can hold their money. And we've been taught ****ly to spend, to spend, to spend, to spend. So stop spending because of depression, then *** *** getting worse, so they don't want that to happen. これに対するインタビュアーの締めくくりの反応は、「こうして私たち(の時代)は、歴史書で公式に恐慌と呼ばれるようになる・・・ということですね」という感じでしょうか。
最後の人は、「私たちは、やり方を間違っていると認めるべきです。そうすれば、すべては自然に解決しますよ」ということでしょうか(everything else will take care of itself かどうか、特に最後の方が自信がありません・・・)。その後は、「いつになったら終わるでしょうか?」 - 「間違いを認めたら、すぐに」 - 「ははは。問題があるときには、それを認めなければならない。いつだって、それが最初のステップだ・・・ということですね」と会話が進んでいます。
まとめは、「私たちが今、第二次大恐慌を経験しているのかどうかは別として、これが終わるまで、この状況をそう呼ぶだけの勇気のある人はいないでしょう」という感じです。
昨日、ネイティブ講師とのレッスンの時に、いつものようにいろんな話をしたのですが、その中で少しだけ、京都で起きた自動車の暴走事件について話しました。
そのときに、手元にあった和英辞典で調べたのが、「てんかん」 = epilepsy(エピレプシー) です。病気の名前の英単語は、まあまあ知っているつもりでしたが、てんかんは抜けていました。(見聞きしたことはあったと思いますが・・・)
epileptic(エピレプティック)だと、「てんかん性の」 という形容詞、または 「てんかん患者」 という名詞になります。
Epilepsy is a brain condition which causes a person to suddenly lose consciousness and sometimes to have fits.(コウビルド英英辞典より)
この説明を読んで「おやっ」と思ったのが、発作 や 引き付け という意味の fit です。昨日の会話の中で講師は seizure という言葉を使っていたので、発作といえば seizure しか思いつきませんでしたが、fit もあります。でも、seizure の方が正式というか、専門用語っぽいのではないかと思います。fit の方は、病気の発作だけではなく、急で激しい怒りや笑いにも使われます。
If someone has a fit they suddenly lose consciousness and their body makes uncontrollable movement.
If you have a fit of coughing or laughter, you suddenly start coughing or laughing in an uncontrollable way.
If you do something in a fit of anger or panic, you are very angry or afraid when you do it.
考えてみると、fit は 「健康な」 という意味の形容詞のときもあるのに、「発作」という意味の名詞のときもあるというのは、意味の幅が広いというか、不思議な単語です。
ところで、この京都の事件の話をしていたときに、正しい文法で話せてなぜか気持ち良かった瞬間がありました。Police are investigating whether he was unconscious or not. というようなことを言ったときです。ポイントは、police は複数扱い にして、動詞に are を使っているところです。"Police are investigating" の3語から始まる文は、英語のニュース番組で出てこない日はないぐらいよく聞きますが、自分で使ってみると、なんだかニュースキャスターになったかのような気分でした。















